闘病マニア

1999年3月21日にくも膜下出血、2004年2月4日からの人工透析してるPKD(多発性嚢胞腎)患者の闘病を主に書いてます。闘病生活も10年を超えると生き延びる為に自分の病気にやたら詳しくなりマニア化してます。ただし不良透析患者なのでコイツ大丈夫と思われる事も多いと思いますが反面教師として役立てて頂けると幸いです。最後にくも膜下出血して透析してても元気にやって行ける事が多発性嚢胞腎の皆様に伝われば何よりです。

目標体重300g増やしました(8/19の透析)

昨日(8/19)は17時22分に着床で待ち3分の5時25分に透析開始でした。昨日(8/19)の体重は5.0kgの6.00%増加で88.8kgでした。

 

昨日(8/19)の透析時の血圧の推移

・開始17時45分の血圧は上98下58で500g残しに設定して透析治療開始。

 

・2時間30分後の19時59分の血圧は上114下72だったので除水の変更は無し。

 

・4時間経過後の21時28分の血圧は上103下68でした。

 

・透析終了の血圧は割愛で500g残しの84.3kgで終わりました。

 

昨日(8/19)の透析まとめ

血圧が下がらなかったので目標体重300gの増加は今の体重なのかも知れませんね。それからリンの値が薬を元に戻した時の値に戻った事に付いての主治医からの説明は一切無し、週に一度しか診ないのに昨日説明が無ければ説明は絶対に無いですね。説明が無いのは今に始まった事では無いので驚きませんが毎度毎度で呆れて言葉もありません。

今回のリンの吸着剤の処方の問題点のまとめ

15年透析して来てリンの吸着剤に関しては色々有りましたが今回のリンの吸着剤の処方は問題だと思いまとめてみました。

 

今回の問題点

①リンの吸着剤をホスレノールからピートルに変えた時、前回多血症になった事を覚えていて技師、看護師、薬剤師の全てが処方に意を唱えたが聞き入れられなかった事

 

②多血症になったのでリンの吸着剤のピートルを中止した時に代わりのリンの吸着剤を出さなかった事

 

生き死に直結する抗菌薬の処方でさえ正しく出来ないのでリンの吸着剤も正しく処方出来なくても納得ですが「やれる事はやったので後は関矢さんの食事管理」って言われてますがリンの値は元の6台に戻っただけなので前にこちらが提案した炭酸ランタンの500mgを処方して欲しいです。

祝日の透析開始時間のアンケート

祝日の透析時間を元旦と同じ14時開始で良いか記名式のアンケートが回って来た。

 

働き方改革の一環で仕方の無い話なのかもしれ無いけど儲からない祝日の夜間診療を減らしたい見たい。

 

働き方改革をするなら祝日の透析開始時間だけでなく今一度業務全般を見直しする必要あると考えます。

 

今まで祝日は丸々一日使えましたが今後祝日は半日しか使えなくなってQOLが下がるのかな。

 

【追記】

転院するので知った事ではありませんが、もう少しで透析医が代替わりするので透析環境が変わると思っていたけど志の低い変化になりそうです。

 

 

 

薬を元に戻したのでリンの値は元に戻りました(8/16の透析)

昨日(8/16)は17時34分に着床で待ち5分の17時39分に透析開始でした。昨日)の体重は2.5kgの2.99%増加で86kgでした。

 

昨日(8/16)の透析時の血圧の推移

・開始17時45分の血圧は上86下54でドライウエイトに設定して透析治療開始。

 

・2時間30分後の20時1分の血圧は上78下50でしたがi-HDFの補液が入る前だったので補液が入った後再度計測して上82下53でした。

 

・血圧が微妙なので3時間半の21時1分の血圧を計ってもらい上93下59でした。

 

・4時間経過後の21時21分の血圧は上86下54でした。

 

・怪しかったので21時42分に再度血圧測定したら上80下51まで下がったので水100g入れて除水を100g下げました。

 

・22時1分の血圧は上97下58でした。

 

・透析終了22時12分の血圧は上99下53でした。

 

昨日(8/16)の透析は200g残しの83.7kgで終わりました。

 

昨日(8/16)の透析まとめ

リンの吸着材ピートルチュアブルで多血症になったのに何故かホスレノールの錠剤250mgを500gにせずにピートルの顆粒を処方され多血症を再発したらピートルの顆粒を中止したけど代わりのリンの吸着剤の処方は無し。

 

呆れたけど透析の主治医様が指示したのでピートルの顆粒が出た時と同じく看護師、技師、薬剤師に意見してから主治医の指示に従いました。当然リンの値が下がらず何とか食事でコントロールしてタンパク質を1日60gにしてリンの値が7台、タンパク質を75〜80にするとリンの値は8〜10台でした。

 

流石に多発性嚢胞腎なのでタンパク質60gでは感染症のリスクが高くなるのでリンの値は気にせずにタンパク質を75gから80gでコントロールしたらリンの値が10を連発しました。見兼ねた看護師さん達が主治医に掛け合ってくれてホスレノールの250mgが復活しました。

 

食事は何も変えずリンの吸着剤ホスレノールを元に戻したら血液検査の結果も元に戻り6台になりました。抗菌薬、リンの吸着剤の薬の処方にセンスの無い現在の主治医は自分にとって最悪の相性の医師なのかも知れませんね。とは言え転院を希望している病院のベッドが空かずに9ヶ月待たされているのは辛いです。

 

【追記】

薬の処方にセンスの無い内科医と手先の不器用な外科医は嫌い。

38年振りに母が入院

中学二年のとき以来だから38年ぶりに母が入院しました。38年前の時母が入院した時は最悪で食事は父と父方のばあちゃんが作りました。その時の問題点として3週間朝昼晩全てにカキフライが出てきた事でした。

 

父は昼外食、妹は学校給食、自分だけ弁当だったので朝昼晩とカキフライ食べたのは自分だけ。弁当のカキフライを脇を飾るのはピーマンの肉詰めでした。

 

母の入院が3週間より長くなると聞いた時にカキフライとピーマンの肉詰めの生活から逃れる為に朝ごはんと弁当は自分で作りました。

 

なので現在でもカキフライとピーマンの肉詰めは自ら好んで食べる事はないです。カキはなるべく生か鍋で、ピーマンには肉を詰めずにピーマンは食べるようにしています。

 

【追記】

母の前回の入院と救急搬送された時は父は全く役に立たず嫌な予感がしましたが今回も周りの意見調整しなくて大騒ぎでした。自分が盆休みだった事と妹が半休取れた事、叔母が丁度きていた事で何とか無事に母が入院出来ました。

感染性皮膚炎の疑いで隔離されています

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夏風邪は36.9℃の微熱が続いていますが咳と痰が治って来たので体は楽になって来ました。体が楽になったら手と足に別の痛みがある事に8/13の朝気付きました。左手の第4・第3指間腔、中指、右手の親指の根元、両足の踵が火傷したようにピリピリしていて痛いので皮膚科で診察してもらいました。

 

皮膚科では手足口病を疑われましたが水泡が出来てないので違うみたいで病名は分からないけど取り急ぎリンデロン塗って経過観察してくれと言われ経過観察してますが診察してもらった時は踵の一部しか赤い湿疹は無かったけど夕方になると足全部が湿疹で赤くなりました。リンデロンを塗ってあるので掻き壊す事は無いけどあっと言う間に赤くなったのには驚きました。

 

くも膜下出血の後遺症で利き手の左手が使えなくなったから今回左手が使えなくなった事は影響は無いと思ったけど起き上がる時とか扉を開ける時とか結構左手を使っていてめっちゃ不便なので早くこの皮膚炎が治る事を願います。

 

【追記】

「様子をみましょう」と言われリンデロン塗って様子を見たけど湿疹が広がってしまいました。感染性の皮膚炎の可能性が高いので現在家族から隔離された生活を送っています。抗菌薬が必要な湿疹かも知れないので2日続けてですが皮膚科に行く予定です。

6.1kg増えたのに開始の血圧の上は76(8/12の透析)

昨日(8/12)は17時15分に着床で待ち7分の17時22分に透析開始でした。昨日(8/12)の体重は6.1kgの7.31%増加で89.6kgでした。

 

昨日(8/12)の透析時の血圧の推移

・開始17時42分の血圧は上76下50で1.3kg残しに設定して透析治療開始。

 

・2時間30分後の19時48分の血圧は上92下59だったので除水の変更は無し

 

・4時間経過後の21時33分の血圧は上82下52でした。

 

・透析終了21時54分の血圧は上93下65でした。

 

昨日(8/12)の透析まとめ

土曜の夜、日曜、月曜の昼と丸2日寝ていましたが体調が悪い様で透析中の4時間半殆ど寝てました。少し良くなって咳をすると肺が痛い事が分かるようになって来ました。暫くの間は無理せず体調回復に努めます。