闘病マニア

1999年3月22日にくも膜下出血、2005年2月4日からの人工透析してるPKD(多発性嚢胞腎)患者の闘病を主に書いてます。闘病生活も10年を超えると生き延びる為に自分の病気にやたら詳しくなりマニア化して色々な秘訣やコツを習得してます。少しマニアック過ぎるかも知れませんが自分の習得した知識を皆様と共有出来ればと思いこのブログを書いてます。

1/4「わたしのADPKD体験談」からの質問への回答(仮)

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● 多発性のう胞腎(ADPKD)と診断されたときのことについてお伺いします。(Part1)

Q. くも膜下出血という大変な状態の最中に、ADPKD と診断されたとお聞きしました。当時、腎臓疾患および ADPKD については、どのような印象を持たれましたでしょうか。

A.『ADPKDだと、くも膜下出血する事が多く関矢さんはADPKDでくも膜下出血していて手術をしないと1週間以内に死ぬ可能性は99.999%と言われた』ことが最初のADPKDの説明だったのでADPKDの事よりくも膜下出血に意識が行ってたのでADPKDに対する印象は全く無かったです。

 

Q. ADPKD と診断された時、ご家族や周囲の方々との印象に残るエピソードがありましたらお聞 かせください。

A.自分の場合はADPKDよりもくも膜下出血の手術で自分も家族も頭が一杯でした。

妹から今でも言われる事は「兄ちゃんが生きるか死ぬか分からない手術を受けるので皆んなが『頑張れって』言って手術室に入るのを見送ってるのに『頑張るのは俺じゃねぇ頑張れは手術する先生に言え!』って言い残して手術室に入って行った」ですかね。

妹からは死んだ後の事をもう少し考えて発言してくれと強く言われてるので次の手術の時はちゃんとする予定です。


Q. ご家族や周囲の方々はこの病気をどのように受け止めているか、お話をお聞かせください。

A.家族、親戚は誰一人ADPKDで無いので他人事で、時々体調不良になるので大変そうだと思ってる様です。

仲間は分かってるんだか分かってないのか分かりませんが普通に接してくれてます。

会社は重たい物が持てない事、月水金に16時で早上がりさせる事、食事、水分制限がある事など色々と理解して頂いてます。