闘病マニア

1999年3月22日にくも膜下出血、2005年2月4日からの人工透析してるPKD(多発性嚢胞腎)患者の闘病を主に書いてます。闘病生活も10年を超えると生き延びる為に自分の病気にやたら詳しくなりマニア化して色々な秘訣やコツを習得してます。少しマニアック過ぎるかも知れませんが自分の習得した知識を皆様と共有出来ればと思いこのブログを書いてます。

過去50年のまとめ--嬉しかった事

この投稿の前の投稿は辛かった事を書きましたがここでは頭の中に浮かんだ嬉しかった事を書きたいと思います。

日本一

辛かった事で大学一年生の時の事を書きましたが嬉しかった事はその苦労が報われ所属してた大学のチームが大学三年の時に日本一になった事です。

チームが日本一になって思った事はレベルが低い時は努力で何とかなるけどプロ、実業団、大学等にレベルが上がると最初から持ってる素質が高い者が努力しないと駄目な世界が有るって痛切に感じました。

又、自分の所属してるクラブ以外も全国から優秀な選手が集まってる所に居たので世の中には色々な能力を持ってる人が沢山居る事が分かり人生のプラスになりました。

横断歩道を渡れた時

辛かった事でくも膜下出血のリハビリの事を書きましたが嬉しかった事もくも膜下出血のリハビリの時の出来事です。

くも膜下出血のリハビリは左半身が完全に麻痺して大変で最初に立てた時は嬉しかったです。

立てた時も嬉しかったけど歩く速度が遅く何度挑戦しても時間内に横断歩道が渡れない日が続いてました。

辛い歩く練習を毎日繰り返しやっと時間内に横断歩道を渡れた時がリハビリをやっていて一番嬉しかったです。

日本一の時もそうですが辛い時を乗り越えて物事を達成すると嬉しさが倍増して印象に残る様です。

仲間に恵まれてる事

50時生きていて一番嬉しい事は仲間に恵まれてる事です。

当たり前の様に仲間は存在してるので普段は気付きませんが亡くなるとその存在の大きさに気付かされます。

50になると物故者も増え始め今年も幼稚園からの幼馴染みがガンで亡くなり仲間に恵まれてたと再認識しました。

色々な分野で頑張ってる仲間をみると自分の能力は大した事は無いですが自分ももう少し頑張ってみようかなって思えるのでその点でも有難いです。

50年を振り返ってのまとめ

50年も生きてると喜怒哀楽の出来事が数多く有り今回は辛かった事と嬉しかった事で50年を振り返りました。

自分の病気が病気だけに後どれ位生きるか分かりませんが仲間から後ろ指を指されないようにして還暦を迎え「還暦のまとめ」が書けるまで生き延びたいと思った次第です。


【追記】

競馬の南関東船橋のメインレースを32連勝した事や中央競馬で一日7レース賭けて全的中の7連勝で1,000円が230万円になった事も嬉しかった出来事でした(笑)