闘病マニア

1999年3月21日にくも膜下出血、2004年2月4日からの人工透析してるPKD(多発性嚢胞腎)患者の闘病を主に書いてます。闘病生活も10年を超えると生き延びる為に自分の病気にやたら詳しくなりマニア化してます。ただし不良透析患者なのでコイツ大丈夫と思われる事も多いと思いますが反面教師として役立てて頂けると幸いです。最後にくも膜下出血して透析してても元気にやって行ける事が多発性嚢胞腎の皆様に伝われば何よりです。

期待してないので失望も無い(10/31の透析)

昨日(10/31)は17時40分に着床で待ち3分の17時43分スタートです。昨日(10/31)の体重は昨日の飲み過ぎの影響で4.9kgの増えで6.2%、84.4kgでした。

 

昨日(10/31)の透析の途中経過

透析開始の血圧の上122下67で昨日(10/31)の透析はスタートしました。透析開始から2時間半の血圧測定は上139下79でした。今日は増加が多かったので200g残す設定でしたが流石に2時間半で血圧の上が139は上手くないので除水を200g多くしてもらいドライウエイトに設定を修正してもらいました。透析終了前30分の血圧は上130下76でした。

 

昨日(10/31)の透析まとめ

透析終了時の血圧は上111下73で何も痙攣無く無事なんだか大問題なのかどうでも良いので分からないけどドライウエイトで透析治療は終わりました。

 

前回の透析の時にミヤBMが無くなると伝えたけどラックビー(錠)を処方されレボフロキサシン飲んでるのでラックビー(錠)では意味が無いと申し入れして処方された整腸剤ラックビー(錠)は丁重にお断りしました。菌を変えるのが嫌だったので現在市販薬の強ミヤリサン(錠)を飲んでるので一応報告だけはしておきました。

 

薬局にレボフロキサシン(先発薬:クラビット)の 抗菌薬耐性乳酸菌製剤が無いことは何も触れずにに透析は終わりました。予想通りの展開でした。昔は少しですが期待してたので失望したかも知れませんが、生きる為に何をすれば良いのか分かったので今は何の感情も無いので失望も有りません。