闘病マニア

1999年3月21日にくも膜下出血、2004年2月4日からの人工透析してるPKD(多発性嚢胞腎)患者の闘病を主に書いてます。闘病生活も10年を超えると生き延びる為に自分の病気にやたら詳しくなりマニア化してます。ただし不良透析患者なのでコイツ大丈夫と思われる事も多いと思いますが反面教師として役立てて頂けると幸いです。最後にくも膜下出血して透析してても元気にやって行ける事が多発性嚢胞腎の皆様に伝われば何よりです。

「2019年4月の息切れ」のまとめ

今回の息が苦しくて病院に行った時の治療に付いて今後の事も有るので今回の出来事を時系列で箇条書きにしてまとめてみた。

 

2019/4/8〜20

①2019/4/8 

スーパー糖質制限を3/16に止めてから体重が増加してドライウエイト80kgが81.5kgへ1.5kg太ったと申入れる。

②2019/4/12 

リンの吸着剤ピートル顆粒とカルタレチンが中止になる。ドライウエイトは80kgのまま据置。

③2019/4/15 

透析時の体重は6.4kgの7.8%増加で86.4kgで始めて2.7kg残しの82.7kgで終わりました。ドライウエイトは80kgのまま据置。透析が終わった後息苦しさを感じる

④2019/4/16

息苦しく倒れそうな体調でしたが何とか1日仕事して来ました。余談ですが家族には4/16の救急の担当病院が〇〇なので救急車は使わずタクシーか自家用車で〇〇病院に運んでくれと申入れしてありました。

⑤2019/4/17 

息苦しさは続いてるけど何とか動けるので呼吸器内科で診察したら透析施設は前に撮ったレントゲンを持っているので透析施設で診てもらって綜合病院の紹介状書いてもらって下さいとの指示。透析施設で「息が苦しい」と伝えたら身長、体重は計ったけどレントゲン撮影はせずに緊急透析。主治医から肺に水が溜まっているとの事でドライウエイトの80kgでの除水の指示。

 

透析中の血圧は上72まで下がりましたが昇圧剤使って80kgのドライウエイトを目指しましたが1.5kg太っているので当然無理で上の血圧86、体重81.3kgで透析は終わりました。因みに透析の始める前の血中酸素濃度は84でしたが終わったら89まで下がりました。帰宅した息は苦しいし体がダル重で身動きが取れず爆睡でした。

⑥2019/4/18

紹介状を書いてもらったので総合病院の呼吸器内科で受診。レントゲン、肺の検査、血液検査を行いました。検査結果の所見はCRPは1.3、ヘマトクリットが58.4でしたが異常無しだそうです。広い病院内の検査室への移動の途中息苦しく遭難しそうでしたが何とか検査を終えて帰宅して安静にして体調回復に努めました。

⑦2019/04/19

息苦しさは残ってましたが日中は仕事、夜は透析を行いました。透析は前日肺に水は溜まってない事が検査で証明されたので1.5kgドライウエイトを上げて透析しました。予想通りに透析の終わり頃から息が上がり始めました。

 

⑧2019/04/20

朝5時に目が覚めたけど息が切れて2時間ほど動けずダル重な体調で基本横になって過ごしました。

 

箇条書きして思った事

今回の検査で漏れや見逃しが無ければレントゲンで肺、血液検査で感染症、血ガスに関しては問題はなさそうですが時々酸素飽和度が95下回り89まで下がります。今回の胸のレントゲン、血液、肺の検査酸素飽和度が89まで下がった事を看護師が見て記録してあるので不定愁訴として扱われない事は救いでした。今回ヘマトクリットが58.4と尋常では無い数値なのに異常無しの所見だったのには驚いています。同じ値で東京の病院ではPETを使用した精密検査になりましたが今回は様子を見てくれとの事なので指示に従って様子を見ますが今年行う予定の心エコー、腹部エコー、胸のCTで肺と心臓は重点的に点検してもらいます。